「薔薇盗人」(上林暁)

「萎れた薔薇」は仙一の姿そのもの

「薔薇盗人」(上林暁)
(「日本文学100年の名作第2巻」)
 新潮文庫

花壇に植えてあった、
たった一株の薔薇の花が
何者かに盗まれ、
学校中が大騒ぎになる。
その薔薇は五年生の仙一が
盗んだものだった。
翌日、事は露見しており、
仙一は教員室に呼ばれ、
受け持ちの先生から
厳しく問い詰められる…。

仙一が薔薇を盗んだのは、
病気で寝ている妹を
喜ばすためなのです。
仙一の母親はすでに亡く、
父親は怠け者の極道者。
食事も満足に与えられない中、
病弱な妹の
胸の上に置いてあげたのです。
貧しい仙一は、花を生ける術も
知らなかったのでしょう。
薔薇は妹の胸の上に置かれたまま
「萎びていた」のですから。

盗みがばれた仙一は、
当然先生から殴られます。
でも、仙一の盗んだ事情を知り、
さらに仙一が欠食児童であることを
知った先生は、
殴ったことを後悔します。
そして仙一を「額がおでこで、
一種岩石のように頑固そうな
顔つきをした仙一ではあるが、
今そこに立っている仙一には、
どこか知ら
うち萎れたところがある。」と
観察します。
「萎れた薔薇」は
仙一の姿そのものなのでしょう。

本来であれば生き生きと
若いエネルギーを
発散させているはずの小学生です。
それが
「君は昼飯食べたか。」
「食べません。」
「朝飯食べたか。」
「隣のおばさんに焼飯貰いまひた。」
「腹は減らんか。」
「減りまひた。」
では、
萎れるのも無理ありません。

さらには仙一の父親の姿も
やはり「萎れた薔薇」です。
仙一の父親が働かない理由は
障害を抱えているためと考えられます。
指の機能障害と脳神経障害を
うかがわせる記述があります。

萎れていても薔薇は薔薇、親は親です。
薔薇盗みの件で仙一を殴り、
一度は家を追い出した父親ですが、
夜更けに仙一が戻ってくると、
「芋食うて寝よ」
ただただ不器用なだけなのです。
萎れた仙一も哀しいのですが、
萎れた父親もまた哀れです。

では本作は悲劇を描いた作品なのか?
いえいえ違います。
読み終われば心が温まります。
仙一は妹二人に対して
いつも優しいお兄さん。
父親も働けないけれども
愛情は人並み以上にあるのです。
一家を取り巻く周囲も
優しい救いの手をさしのべています。
登場人物は
みな哀しくもみな優しいのです。

以前取り上げた「二閑人交游図」
作者・上林暁の、
初期の代表作にして最高傑作。
読書の秋に、味わい深い短編小説、
いかがですか。

(2021.9.18)

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